「非所有化」の流れと法律についての一考察

カーシェアリング」にしろ「クラウドコンピューティング」にしろ、「普段は所有せず、必要なときだけ利用する」というライフスタイルが云々、という意見を良く見て、そういう記事は通常、「それにあわせて法律や制度なんかも変えなきゃいけないよね」というような結論で終わるので、じゃあどう変わるのか、どう変えるべきか、そもそも帰るべきなのか等について考えてみる。

まず第一に、このあたりの問題が、法律のどの分野に属するのかという問題がある。私法なのはもちろんとして、そこには大きく分けて人と人との関係を規律する債権法と、人と物との関係を規律する物権法とがあるわけで、パッと見た感じ、「所有・非所有」というのは物に関係しているので物権法っぽい。しかしながら、「物を貸し借りする」というのは人と人との契約であって、契約であるから、実は債権法の分野に属する事柄であることが分かる。そもそもリースもビデオレンタルもレンタカーも賃貸借だしね。*1
 
で、じゃあ契約法の中のどのあたりに属すのか、というと、物の貸し借りに関する契約なので、上でちょっと言及したように、「カーシェアリング」については、賃貸借契約になる。「クラウドコンピューティング」についてはよくわからないけど、GoogleDocsなんかは、無料の使用なので、使用貸借という契約類型かなあ、という気がする。
 
ただ、これらの類型に関しては、今ある「所有」と「非所有」の割合が変化するだけで、新しい法律問題がポンポン生まれてくるようには思えない。少しはあるかもしれないが、それによって法制度を根本的に変えなきゃいけないかというと、そうでもない。割合が変わるだけなら、現在の法律で充分対応できるし、すこしぐらいの変化なら、解釈適用をいじれば、事足りる。
 
あと、クラウドコンピューティングについては、プライバシーをどうするのか、という話もある。この点については今までもそれなりに議論されてきたし、今後も議論が続くんだろう。個人情報保護法に、大きな変革もあるかもしれない。しかし、プライバシー保護法というのは、言い方は悪いけど、所有や契約に関する法律に比べたら、社会的重要性で言えばかなり瑣末で、その部分での変化をもって「変革が必要」とのたまうのは、針小棒大の感が否めない。
 
この論点に関しては、池田信夫氏が所有という幻想というエントリで言及されているが、タクシー(役務の提供)やクラウドコンピューティング(使用貸借?)、「共有」*2といった異なる概念を、借りる側・使う側から見て「非所有」だからという点で、多少大雑把にまとめすぎている感じがする。これらの概念は、「貸す側」から見たら、まさに「残余の有効コントロール」であって、今までの所有権制度とそれほど違わない。
 
新しい潮流や傾向というものが生まれるにしたがって、それまでに無かったハードケースというものが生成されるのは仕方ない。けれど、システムを変革する必要というのは、そういつでもあるものじゃない。
 
いつでもどこでも、「世界は変わる!法律や制度も早く変えろ変えろ!」みたいに言うのは考え物なんじゃないかなあ、と思う今日この頃です。

*1:ちなみに、地上権や地役権というレンタル的な物権もあるにはあるが、土地不動産に関するものなので、ここではおく。

*2:当該エントリでは言及されていないが、「カーシェアリング」は「所有権に基づく賃貸借」だし。