オバマに学ぶ世界最高のコミュニケーション術〜『Say it like Obama』

Say it Like Obama: The Power of Speaking with Purpose and Vision
雨後のタケノコの如く色々な種類が登場している「オバマ演説」シリーズこそあるものの、「オバマのような天才的コミュニケーション能力を身につけるにはどうしたらいいか」ということについて語った本は、それほど多くない。
本書は、『オバマ演説集』ではなく『オバマ演説法』の本である。タイトルの『Say it like Obama』からも分かるように、間違いなく世界最強のコミュニケーターの一人であるオバマのように喋る(Speak like Obama)だけでなく、具体的な事案において「言いたい事をオバマのように伝える(Say it like Obama)」にはどうしたらよいかを、豊富な資料とそれに基づく解説で示した一冊である。ハッキリ言って、ネットで手に入るデータを適当につなぎ合わせただけのボッタクリ商品とは格が違う。
 
本書に書いてあることを日本人でも応用できるようにまとめなおすと、以下のようになるかと思う。
彼のコミュニケーション術は、「I」と「You」と「We」からなる。つまりは、「I=セルフブランディング」と「You=聴衆の引き付け」、そして「We=一体化」だ。
 

「I=セルフブランディング

ここでの「セルフブランディング」とは、言い換えれば、「自分のキャラクターを確立すること」であって、大統領選におけるオバマの場合、「誰よりもアメリカ合衆国大統領にふさわしい男」という「キャラクター」の確立が、後の勝利に大きく貢献したのは疑いようもない。
彼の自己ブランドの作り方は、大きく分けて2つある。1つは「他人から借りてくる」、もう1つは「自分でつくる」である。
 
まず「借りてくる」だが、これは比較的簡単に思いつくのではないか。彼がしばしば「ブラック・ケネディ」呼ばれていたのは有名で、本人もJFKやその弟のロバート・ケネディの演説・理念をよく引用している。同じ黒人であるキング牧師も「借りて」いる。アメリカ史上最も偉大な大統領とされるリンカーンの印象も、彼の勝利に寄与している。
「借りる」方法も、演説で引用するだけではない。「雰囲気を借りる」「シチュエーションで借りる」というのもまた、彼の「借りてくる」戦略の一つだ。演説開場の作りを、リンカーン・メモリアルを彷彿とさせるものとしたり、キング牧師の「I have a dream」演説のシチュエーションを思い出させるものとしたり、もっと遡ってゲティスバーグ演説との類似性をアピールしたりする。
過去の偉人から「借りる」ことで、「エポックメイカーとしてのオバマ」という印象を、より強固に打ち出すことが可能となるのだ。
 
次に、「自分で作る」セルフブランディングに移るが、選挙戦でのオバマは、片方で他人のイメージを「借りる」一方、他方で「成熟した大人」という自分自身のブランドイメージを確立するのに成功していた。
このブランドイメージは、一つには彼の「倫理的な高貴さ」によって裏打ちされていた。彼は、対立候補であるクリントンやマケインと比べるとネガティブキャンペーンにはほとんど頼っていないし、謝罪すべきところは即時に、適切に謝罪した。やむを得ずネガティブキャンペーンを張る際にも、まずは対立候補の人格を一度持ち上げ、その上で「政策についてこのあたりが分かっていない」という風に、具体的かつ説得的な指摘を行った。これは、彼自身に向けられたネガティブキャンペーンが、「Shame on you!(クリントン)」という人格攻撃的なものであったり、「知り合いはテロリスト(ペイリン)」という噂的で政策とは関係ないスキャンダル風味のものであったりするのとは対照的でさえある。
そして、この「成熟・安定」のうちに、恐慌で大揺れに揺れていたアメリカの希望を見た人は多かったはずなのだ。
 

「You=聴衆の引き付け」

これは意外と分かりやすいが、理解するは易し、行うは難しの好例でもある。オバマのスピーチ力の技術的・レトリカルな部分は、もれなくこの分野に属するため、一朝一夕ではなかなか習得できない。このような「テクニック」は他の本に任せるとして、ここでは本書で気になった部分の紹介をするにとどめる。
 
1つ目は、「『1つ目は・・・』とか言わない」ということ。オバマは、「○○は3つあります。1つ目は・・・・、2つ目は、・・・・、3つ目は、・・・・」なんて演説の方法(列挙法・enumeration)はしない*1。形式的で、冷たい印象を与えるからである。もちろん、このような方法は論理的に情報を伝えるのには向いているし、オバマも全く使わないかといえばそうでもない。しかしながら、このような方法は、すくなくともキャチーではない。聴衆の心を鷲づかみにするような演説は、淡々としたナンバリングからは生まれてこないのだ。
また、それでオバマの演説が非理論的になっているかというとそうでもない。本書で出されている例として、「We are up against〜(我々は〜に直面している)」というフレーズの多用がある。「我々は以下の4つの課題に直面している。1つ目は・・・・」と言う代わりに、「我々は○○に直面している。(中略)そして、我々は○○にも直面している。(中略)そして、我々は○○にも直面しているのだ。」と語ることで、文章構造は維持しつつ、よりインパクトを与えているのである*2 *3
 
もう一つの指摘に値するポイントは、「You=聴衆を知る」ということであろうか。別の言い方をすれば、「空気を読む」とも言えるかもしれない。
これは最後のテクニックとして挙げる「We=一体化」にも繋がるが、オバマには、相手を知ることにより「自分の目的」と「相手の置かれている状況」をうまくつなげ、相手の心を掴む能力がある。この能力においても、オバマはマケインやクリントンを凌いでいたといえる。本書で例として挙げられているのが、Discussion with Working Womenの冒頭で、「I am here because of [working women]」のくだりのうまさは、流石としか言いようがない。
 

「We=一体化」

「マジョリティの白人と違う人種である」ということは、黒人というマイノリティに属すオバマが特に気を使った問題だろう。そこで「人種の壁を越えて、白人のあなたも、黒人の私も、同じ夢と希望を共有するアメリカ人である」というメッセージを送信する必要性が出てきた。真剣にこの課題に直面したオバマの「一体化」する能力、「つながる力」、あるいは「Power of Unity」は、他の候補が及びもつかないレベルにまで達している。

オバマは、まずは順当に、「共通の経験・バックグラウンド」から指摘していく。それは、頻繁に使われる聖書の言葉であったり、アメリカ全体が抱える共通の問題であったり、あるいは「祖母は大恐慌を生き延び、WWIIでは爆弾の組み立てラインで働いた」というような共通の歴史であったりする。
 
だが、「We」を形作るのは、そのような共通点だけではない。多少逆説的だが、オバマは、自分自身の「違い」でさえ、「同一化」に役立てている。例えばそれはオバマのバックグラウンドであって、彼は、他人と異なるバックグラウンドを用いることで、「多様性の国」であるアメリカの理念、ひいては「アメリカ人である我々」を強調することに成功している。「父は貧乏な留学生であったが、その息子は今、大統領になろうとしている。アメリカは私に機会をくれた。私は、私を受け入れてくれたようなアメリカの寛容さと統合の理念を信じる!」というような。
 
また、彼が頻繁に使ったキーワード、「Past vs Future」も、「We」を形成するのに大きな役割を果たしていたように思える。彼の演説からは、個々人が別々の歴史を歩いてきた「Past」は終わり、新たな「Future」を皆で築くのだ、というメッセージが伝わってくる。
 

まとめ

ここで指摘したオバマの演説の要素をまとめると、以下のようになるだろうか。
 
1.「I=セルフブランディング
 ・他人から借りてくる(ケネディリンカーンキング牧師
 ・自分で作る(高い倫理性)
2.「You=聴衆の引き付け」
 ・フォーマルな表現を避ける
 ・相手を知る
3.「We=一体化」
 ・共通の経験/問題/歴史/バックグラウンド
 ・自分自身の「違い」を利用
 ・「Past vs Future」
 
もしかしたら、日本の政治家の演説が持っているのは、最初の「I」だけかもしれない。そこでは聴衆の存在さえ前提とされておらず、居るのはせいぜい、どこにいるのかさえ分からない「国民のみなさん」程度である。確かに、アメリカほど人種やバックグラウンドの多様性がない日本では、オバマが使ったようなコミュニケーション術は必要なかったかもしれないし、今まではそれでよかったかもしれないが、今後のグローバル化などを考えると、このようなコミュニケーション術も、多くの人にとって必要な技術であるのは間違いない。
ちなみに、タイトルを「演説術」ではなく「コミュニケーション術」にしたのは、オバマの演説には、「I=演説者」と「You=聴衆」以外に、相手からの反応を前提にした「We」が含まれているからである。実際、本書でもCommunicationという表記の方が好んで使われている。
 
本書は良書であったが、ひとつ残念なのは、オバマ当選前に書かれた本*4であるので、勝利宣言や就任演説の分析がされていないこと。特に、それまでとは違った毛色の就任演説は、ぜひ分析して欲しかったのだが。
ここで指摘したのは本書の内容の半分(理念的なもの)に過ぎない。本書は技術的な事柄についても言及しているので、それよりも何故オバマが大統領になれたのか、もっと深く分析してみたい人には強くオススメできる一冊である。オバマ演説集はヌルい、と思っている人にも。
 
ついでに、私がまとめた『オバマ演説等まとめ』もよろしくお願いします。

*1:ちなみに、本書の著者は元マッキンゼーらしい。なかなか思うところがあったのではないか。ちなみに、enumerationの好例はこちらのビデオ

*2:例として、Barack Obama's victory speech in South Carolina

*3:ただし、インパクトを与えるからといって、こういう方法をTOEFLのライディングなんかで使ってはいけない。

*4:出版自体は当選後